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ミャンマー基礎

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ミャンマー連邦共和国(Republic of the Union of Myanmar)

一般事情

面積68万平方キロメートル(日本の約1.8倍)
人口5,141万人(2014年9月(ミャンマー入国管理・人口省発表)
首都ネーピードー
民族ビルマ族(約70%),その他多くの少数民族
言語ミャンマー語
宗教仏教(90%),キリスト教,回教等
国際日1月4日独立記念日
略史諸部族割拠時代を経て11世紀半ば頃に最初のビルマ族による統一王朝(パガン王朝,
1044年~1287年)が成立。その後タウングー王朝,コンバウン王朝等を経て,
1886年に英領インドに編入され,1948年1月4日に独立。

mmap

寝る観音

政体大統領制,共和制
元首ティンチョー大統領
(2016年3月30日 就任)
国会二院制

上院(民族代表院) 定数224(選挙議席168,軍人代表議席56)
下院(国民代表院) 定数440(選挙議席330,軍人代表議席110)

内政

(1)1988年,全国的な民主化要求デモにより26年間続いた社会主義政権が崩壊したが,国軍がデモを鎮圧するとともに国家法秩序回復評議会(SLORC)を組織し政権を掌握した(1997年,SLORC は国家平和開発評議会(SPDC)に改組)。
(2)1990年には総選挙が実施され,アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したものの,政府は民政移管のためには堅固な憲法が必要であるとして政権移譲を行わなかった。
 総選挙以降,政府側がスー・チー氏に自宅軟禁措置を課す一方で,同氏は政府を激しく非難するなど,両者の対立が続いてきた。2003年5月には,スー・チー氏は政府当局に拘束され,同年9月以降,3回目の自宅軟禁下に置かれた。
(3)2003年8月,キン・ニュン首相(当時)が民主化に向けた7段階の「ロードマップ」を発表し,その第一段階として,憲法の基本原則を決定するため国民会議を開催する旨表明した。同年5月,国民会議が約8年ぶりに再開され,継続的に審議が行われた。
(4)2005年11月7日,ミャンマー政府は,首都機能をヤンゴンからピンマナ県(ヤンゴン市の北方約300キロメートル)に移転する旨発表。2006年3月頃までに政府機関は概ね移転を終了し,移転先はネーピードー市と命名された。
(5)2007年9月,全国的な僧侶のデモが発生。治安当局による制圧で,邦人1名を含む多数の死傷者が発生。
(6)2008年5月2日,サイクロン・ナルギスがミャンマー南西部を直撃し,死者約8万5千名,行方不明者約5万4千名が発生。
(7)2008年5月10日,新憲法草案採択のための国民投票を実施(一部地域は24日に実施)。92.4%の賛成票で(投票率99%)で新憲法承認。2010年11月7日,総選挙が実施されたが,スー・チー氏率いるNLDは総選挙をボイコットした。
(8)2010年11月13日,スー・チー氏に対する自宅軟禁措置が解除された。
(9)2011年1月31日,総選挙の結果に基づく国会が召集され,2月4日,副大統領3名が国会で選出された。
(10)2011年3月30日,3名の副大統領のうち,テイン・セイン氏が大統領に選出。これにより新政府が発足し(同時に国名も変更),国家平和開発評議会(SPDC)から政権が委譲された。
(11)2012年4月1日,議会補欠選挙が開催され,スー・チー氏率いるNLDが45議席中43議席を獲得。
(12)2013年12月30日,テイン・セイン大統領は残り全ての政治犯に対し,恩赦を与えた旨発表。
(13)2015年11月8日,総選挙開催。スー・チー議長率いるNLDが全議席の6割弱を獲得。

外交・基本方針

外交基本方針独立・積極外交政策(厳正中立)1997年7月ASEANに加盟
軍事力(1)予算 22億ドル(2013年推定)
(2)兵力 陸軍37.5万人,海軍1.6万人,空軍1.5万人
(2013年版ミリタリー・バランス)

経済

主要産業農業
名目GDP約553億ドル(2012/13年度,IMF推計)
一人あたりGDP868ドル(2012/13年度,IMF推計)
経済成長率6.4%(2012/13年度,IMF推計)
物価上昇率4.7%(2012/13年度,IMF推計)
失業率約4.0%(2012/13年度,IMF推計)
総貿易額約4.0%(2012/13年度,IMF推計)
主要貿易品目(1)輸出 天然ガス,豆類,宝石(ひすい),チーク・木材
(2)輸入 石油,機械部品,パームオイル,織物,金属・工業製品
主要貿易相手国(1)輸出 タイ,中国,インド,日本,シンガポール,韓国
(2)輸入 中国,シンガポール,日本,タイ,マレーシア,韓国(ミャンマー中央統計局(2012/13年度))
通貨チャット(Kyat)
為替レート1ドル=970チャット(中央銀行レート)(2013年12月平均)

経済概況

(1)1962年に発足したネ・ウィン政権は,農業を除く主要産業の国有化等社会主義経済政策を推進してきたが,この閉鎖的経済政策等により,外貨準備の枯渇,生産の停滞,対外債務の累積等経済困難が増大し,1987年12月には,国連より後発開発途上国(LLDC)の認定を受けるに至った。
(2)1988年9月に国軍がクーデターにより軍事政権が成立し,社会主義政策を放棄する旨発表するとともに,外国投資法の制定等経済開放政策を推進したが,非現実的な為替レートや硬直的な経済構造等が発展の障害となり,外貨不足が顕著化した。2003年2月には,民間銀行利用者の預金取付騒ぎが発生し,民間銀行や一般企業が深刻な資金不足に見舞われた。更に,同年5月のアウン・サン・スー・チー氏の拘束を受け,米国が対ミャンマー経済制裁法を新たに制定したことが国内産業への打撃となり,経済の鈍化を招き,加えて,2004年10月には,EUがミャンマーの民主化状況に進展が見られないとして,ミャンマー国営企業への借款の禁止等を含む制裁措置の強化を決定した。2007年8月には,政府によるエネルギーの公定価格引き上げ(最大5倍)が翌9月の大規模なデモの発端となった。デモ参加者に対するミャンマー当局の実力行使を受けて,米・EUは経済制裁措置の強化を行い,豪州も金融制裁措置を取った。
(3)2010年11月に実施された総選挙で,連邦連帯開発党(USDP)が約8割の議席を確保,その直後に,アウン・サン・スー・チー氏の自宅軟禁を解除。翌2011年3月に,現テイン・セイン文民政権が発足し,民政移管が実現し,民主化を推進するとともに,経済改革等の取組を断行中である。例えば,中古車両の廃車許可(2011年12月から40年以上,翌2012年1月には生産から30年以上経過した車両)及びそれに代替する車両輸入許可を行うようになり,国内を走る車両が格段に新しくなった他,同年4月には,為替レート統一化に向け,管理変動相場制を導入した。また,同年11月には,外国投資受入の円滑化のため,制限的な内容だった外国投資法を改正した。
(4)欧米諸国は,ミャンマーが進めている政治・経済改革を評価し,米国は2012年11月に宝石一部品目を除くミャンマー製品の禁輸措置を解除し,EUも2013年4月に武器禁輸措置を除く対ミャンマー経済制裁を解除した。

経済協力

日本の援助実績
(E/Nベース。技
術協力はJICA実
績ベース)
(1)有償資金協金7,512.49億円(2014年までの累計。うち2014年度 983.44億円)
(2)無償資金協力 2,571.38億円(2014年までの累計。うち2014年度 181.89億円)
(3)技術協力   602.32億円(2014年までの累計。うち2014年度 70.50億円)
OECD-DAC(開発
援助委員会)加盟
国の援助実績
(1)日本(2)フランス(3)英国(4)米国(5)デンマーク
(2013年,支出純額ベース)(出典:OECD/DAC)
経済協力の方針我が国は,ミャンマーに対する経済協力について, 2011年以降,政治犯の釈放,テイン・
セイン大統領とアウン・サン・スー・チー氏との直接対話,少数民族武装勢力との停戦等
の措置がミャンマー政府によってとられたこと,2012年4月1日の議会補欠選挙の結果,
アウン・サン・スー・チー氏を含む幅広い関係者の政治参加が実現したこと等を踏まえ,
2012年4月に新たに経済協力方針を策定した。新たな経済協力方針の下では,ミャン
マーの民主化及び国民和解,持続的発展に向けて,急速に進む同国の幅広い分野に
おける改革努力を後押しするため,引き続き改革努力の進捗を見守りつつ,民主化と
国民和解,経済改革の配当を広範な国民が実感できるよう,以下の分野を中心に幅
広い支援を実施することとしている。国民の生活向上のための支援(少数民族や貧困
層支援,農業開発,地域開発を含む)経済・社会を支える人材の能力向上や制度の整
備のための支援(民主化推進のための支援を含む)持続的経済成長のために必要な
インフラや制度の整備等の支援

二国間関係

経済関係我が国がこれまでミャンマー政府と構築してきた信頼関係を基に,二国間関係を包括的に
強化。ミャンマー政府が,テイン・セイン大統領の下,民主化・法の支配の強化・国民和解・
経済改革に向け取り組んでいることを評価し,日本としてもこれらの取組を官民の総力を
挙げて支援していく考え。有望な生産拠点,市場として日本企業の関心も高いミャンマー
との互恵的な経済関係の強化に加え,2014年ASEAN議長国であるミャンマーと,地域情
勢や安全保障に関する対話を強化。依然として課題となっているインフラや法制度の未整
備,少数民族問題などについても支援を行う。
 一方で,2007年9月に発生した長井氏死亡事件については,真相究明への協力を引き
続き要請。
文化関係日・ミャンマー間では,これまで官民各層において,文化人,青年等の往来を始め様々な
交流を行なってきている。
2012年,白石隆政策研究大学院大学学長を団長とし,日本語教育,文化財保護,スポー
ツ,メディア,文化・芸術,食文化の各分野の有識者からなるミャンマー文化・スポーツ交流
ミッションがミャンマーを訪問。同ミッションは,今後のミャンマーとの文化・スポーツ交流に
ついての指針となる政策提言を玄葉外務大臣(当時)に提出。
2014年の両国外交関係樹立60周年にあたり,多くの周年事業を実施した。
政治関係我が国がこれまでミャンマー政府と構築してきた信頼関係を基に,二国間関係を包括的
に強化。ミャンマー政府が,テイン・セイン大統領の下,民主化・法の支配の強化・国民
和解・経済改革に向け取り組んでいることを評価し,日本としてもこれらの取組を官民の
総力を挙げて支援していく考え。有望な生産拠点,市場として日本企業の関心も高いミャ
ンマーとの互恵的な経済関係の強化に加え,2014年ASEAN議長国であるミャンマーと,
地域情勢や安全保障に関する対話を強化。依然として課題となっているインフラや法制
度の未整備,少数民族問題などについても支援を行う。
一方で,2007年9月に発生した長井氏死亡事件については,真相究明への協力を引き
続き要請。
在留邦人数1,367人(2014年12月現在)
在日ミィヤンマー人9,231人(2014年6月末現在,外国人登録者数)

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